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今年は好きな展示三昧で幸せ。

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# by diemond | 2017-04-26 14:12

紙の本

とにかくミニマムに持ち物を少なく行きたい私は、日々ものを捨てまくり、
一時期kindle本しか買わないくらい電子書籍贔屓だったのだが…

最近本屋に行くのが楽しみで、同様に図書館も相変わらず好きで、
背筋を伸ばし、ただあの空間を歩くこと、紙の束を手に持つこと、
そしてそこに電気を帯びないことに改めて幸福感を感じている。
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# by diemond | 2017-04-21 20:51 | 日々徒然
羽海野チカさんのハチクロを少し前に読み返し、
『不幸自慢は禁止』であること、不幸を競い合ったらお互い落ちてくだけという内容のセリフがあり、
長いこと言語化できなかったモヤモヤだったので、ほんとうにありがとう…。

ある時期まで、私の周りには不幸自慢をする人が本当に多かった。
つい聞いてしまうからかもしれないが、張り合うほどの不幸もないので
とにかく困ったのだ。なんか自分だけ幸せであることを責められているようで。

愛読していた宇野千代さんがそういうスタンスだったのもあり、
結構自分がついてることを臆面なく天真爛漫にいっちゃう方だったせいもあり
別に私が何か人に羨ましがられるようなことなんかないしなーと
人に僻まれるという感覚があまりなかったので

『いいよね〜私なんて…』
いろいろ不幸な話を聞かされたものである。

30そこそこの頃、少し年上の主婦の話を聞いてやったら
執着されストーカー行為をされ、精神疾患の人に免疫がなかったので
あまり好奇心で人の話を聞いてはいかんなと…
それから怖くなっていろいろ改めたのですが。

なぜ人を僻むのかがわかんなくて、楽天ブログに書いて炎上させたりしていた0年代初頭…
頑張ってない人、元から持ってない人、それを得るために日々を費やしていない人に
人を僻む権利なんかないと当時は思っていたのでした。あまり酸いも甘いも知らず。

しかし、不幸自慢には張り合ってはいけないなあと
つくづく思うのである。


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# by diemond | 2017-04-21 16:47 | 日々徒然
田房英子さんの『呪詛抜きダイエット』という本を久しぶりに読んだ。

ここのところ諸問題片付き、ずいぶんすっきりしているのだが

それでやっと我が身を振り返る。

なんかここ数年太っていたなと。

私はそもそも細くて小さくてお人形さんみたい!と言われていたのに。大昔。

拒食症気味のゴスでしたから。今思うとすごく病んでましたが、
そういうライフスタイルで生きるという事が繭になり、むしろ健全でありました。
そういう格好をやめた27くらいからが、拠り所なく
本当の闇でした。

いや、40半ばでそんなこと言うのも森茉莉のようでアレだが。
ていうか、40過ぎだし仕方ないか!なんて思ったり、

痩せているときは、『痩せ過ぎ』とい言われ続け
少し太ってきたら、
『40過ぎたら太ってくるものなんだ』という母や周りの呪詛にやられていた気がするのです。
これは、たぶん眠り姫の魔女の呪いだとか、梅津かずおのおろちだとか
そういう類の呪いなような気がします。

世界で通用する絶対的美人とかではなく
個々、生息しているコミュニティにおいて相対的に、更に小さく当人比でも
綺麗だと面倒臭いことが本当に多いものだと思います。

母だとか叔母、いとこ、姉妹だとか、職場とか狭いところであるほど、
自分に身近であるほど勝手にずるいと思われ、何か言ってくるものです。

悪いわけでなくてずるいと。

『性格に問題があるのでは?』と言われそうですが。いや、私に限らずでしょ。
性格が悪いとかは主観的な話なので、逆の立場から見たら大抵の人は性格悪いのです。

なんかダメになっているとき、誰のために輝かないようにしてあげているのだろう?
誰に圧力かけられているのだろう?
と一度考えてみるのも良いのではないかと思うのでした。

もう好きな姿で生きてもいいのではないかと思うのです。

とりあえず、私の中で待ち受けにすると必ず痩せる、
バレリーナの上野水香ちゃんの写真をiPadの壁紙にしました。


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# by diemond | 2017-04-21 16:04
男性から性的なことを言われてマウントされるのは本当に不快だけれど
セクハラをうまく篭絡してかわしていくプロの女的な
銀座のママ的なスキルというのを持つことが一枚上手の賢い女であるということを、
少し上の世代はよく言っていた。『負けて勝つ』という。

時代を問わず何も持たずに女がのし上がっていく手段としてあるのだろうけど
キャバ嬢とか花魁の流行りって結局、ヤンキーや
お年寄りの優勢な田舎の価値観でしかないなと思う。

そんなことしたり顔で若い娘にアドバイスしてる女に限って
旦那がヒモだったり、DV受けていたりしてたんだよね。

あまり幸せそうに見えない人たちがそういうとき、
『未来ある若い人に自分より幸せになって欲しくないのだな』
と思った。

『強いよねぇ!』
とか、"強い"…という言葉に思い切り
『可愛げのない、だから愛されないひねくれた可哀想な子』
というニュアンスを入れるおばちゃんが多々いる。最悪、私の年代ぐらいでもいる。
まあ絶対こういう人らの方が強いのだが。
とにかく、自分より輝いて欲しくないし、強くも器用にもなって欲しくないのだろう。

女子力

すっかり田舎のおばちゃんしか使わないこの言葉。
ジェンダーの押し付けと私はとっているが。
この言葉がメディアにあふれた頃、こんなにバカに調教してどうするのかと
憂国の念に駆られたものである。

…会田誠のダルマ少女の犬連作そのもの。

もしかしたら、それだけが女が幸せに生きていく手段だった頃のおばさんたちは
悪気なく本気でいいと思って進めてくれているのかもしれない。
確かに彼女らにとっては、ベストウエイなのだろうが…

平成の子ども達からしたら、おばあちゃん世代の価値観なのだ。
昭和の頃に、明治生まれの人たちが言っていた迷信もいいところなのだ。

男性に安定した収入があり、家族を食わせていた夢のような昭和時代ならともかく
日本にいたってさしていいことのない今後、本気でお水で稼ぐわけでもないなら
女子力じゃなくてやはり人として強く賢くならないとダメだと思うのだが




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# by diemond | 2017-04-21 15:33 | 日々徒然